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Thank U 15




ユノの両手がスカートに滑り込んで、尻の丸みを探るように動く。
女はバレッタに手をやり髪をほどくと、甘い吐息をつきながら首を振った。
髪が背の中ほどまで広がり揺れた。
「ジョンミンが自分で腰も振れない身体になってもあたしは貞淑な妻だった。
だけど、あんな男に人生を台無しにされるのはもうたくさん。
欲しいものは自分で手に入れるわ」
女がユノの首に両手を回し、顔を覗き込んで囁いた。
「あなたとジョンミンはまるで光と影のように正反対ね。
それとも隠しているだけで、あなたも暴力的なセックスをするのかしら」
「だったらどうする……やめておくか?」
ユノは荒々しくワンピースを抜き取り床に捨てた。
露わになったブラジャー越しに乳房を両手で鷲づかみにした。
女は芝居じみた嬌声を上げると、ユノを上向かせ唇を合わせようとする。
二人は束の間動きを止め、荒い息を吐きながら睨み合った。
その様子は人の交わりというよりも獣の交尾を連想させ、何か鬼気迫るものを感じさせた。
「やめる気はないようだな」
女がキスをする寸前にユノが身体を入れ替え、女をソファーに押し沈めた。
ユノの唇の脇から頬にかけて、鮮やかな紅い線が二本引かれた。
「はやく……はやくしてちょうだい」
女がユノのベルトのバックルを外そうともどかしく手を動かしている。


僕の喉で、風の吹くような音が鳴った。
視界は涙でぼやけて、もうのぞき穴を覗くことはできなかった。
ぎゅっと目を閉じて身体の向きを変え、壁に背をついた。
「あぁ!」
女の声に耳を塞ぎ、棚の戸を押し開けると食料庫へ転がり出た。
潰れるような胸の痛みに呻く。

廊下を先へ進むと、ちょうど礼拝堂へ向かうシム神父の姿が目に入った。
シム神父も僕に気づいて、おやという顔をして振り向いた。
瞼の裏が赤くなるような怒りに突き動かされ、僕は大股で追いつくと彼を睨み付けた。

「ユノが応接室で何をするか知っていて僕をそそのかしたの?」
「……僕は『近づくな』と言いましたよね?」

僕は腕を振り上げ、シム神父の頬を打った。
派手な音がしたけれど、シム神父は平然としている。
悔しくて、両手で拳を作って胸を思い切り叩いた。
その両手首を掴まれ、引き寄せられた。
ものすごい力だった。
「は…なしてっ!」
靴の踵が浮き、シム神父の顔が眼前に迫った。
「ユノが女を抱いたことがそんなにショックでしたか? それとも相手がジョンミンの妻だから?」
「何を言って──」
見当違いな言葉を口にしたその唇が、僕の唇を塞いだ。
片手で首を掴まれ、咄嗟に逃れようが無かった。
「──!?」
僕は目を見開いた。
抗議の声を上げようとした唇に、生温かい舌がねじ込まれた。
「んーッ」
僕はシム神父のすねを力の限り蹴り上げた。
たまらず身を離したシム神父から飛び退き、腕で唇を覆った。
「何するのっ」
顔を歪めたシム神父がしゃがれ声で呻いた。
「好きなんです」
またジリジリと間合いを詰めてくる彼から後ずさり、
僕は首を横に振り続けた。
「ずっと昔からあなたが好きだった、決して僕のものにならないとしても気持ちは抑えようがなかった。
あなたへの想いを断ち切りたくて僕はこの道へ進んだんです。
神だけを見つめて生きようと……それなのに──」

言っていることの辻褄が合わない。

ずっと昔から?
想いを断ち切りたくて?

ようやく思い当たって、僕は自分の胸を押さえて言った。
「僕は姉さんじゃない!」
悲鳴じみた声だった。
シム神父の目はじっと僕に注がれたまま、逡巡を浮かべてゆらゆらと揺れた。
「そんな目で僕を見るな……僕は姉さんじゃない!」
彼が言葉を紡ぐより早く、僕は踵を返すと廊下を走り出した。
自分の部屋まで走り、勢いよくドアを閉じると鍵をかけた。
本棚を移動させて地下への扉も塞ぐ。
それからベッドにうつ伏せになって声を殺して泣いた。
タオルケットを噛み、枕を殴りつけた。

散々泣いて涙も涸れてからぼんやりとベッドに座っていると、
窓をカリカリとかく音がする。
首を巡らせて見るとネコがいた。
ガラス戸を開けてやり、隙間から滑り込んだネコを抱いた。
「ネコ……ぼくは……」
ぬくもりがじんわりと伝わってくる。
「ひっ…く……僕、は──」
ベッドに座り、膝にネコを乗せた。

ずっと続く胸の痛みが僕に訴える、もう誤魔化せない気持ちを。

「……僕は…ユノが好きなんだ」

口に出すとそれは御しがたい激情となって喉を焼いた。
「あんな人が好きなんだ」
あんなろくでなし、あんな人殺し、あんな……男。

──誰がお前みたいな糞ガキ。

いつかのユノの言葉と、
先ほど女を組み敷いていたユノの顔を思い出して唇を噛んだ。
頬に引かれた二本の紅の線……女のももの朱い毒蛇がくっきりと見えた。
あの女がユノの背中に爪を立てて喘ぐさまさえ浮かんだ。
汗に濡れ蠢く黒龍、絡み合う二人の肢体。
「いやだ」
僕はこめかみを押さえる。
「やだぁ…っ」
ニャーとネコが僕を見上げて鳴いた。



いつの間にか眠っていたらしかった。
開けっ放しの窓から冷たい風が吹き込んできて、ぶるりと震えて起き上がった。
「ネコ?」
それとも今しがた、ネコが窓を押し開けて出て行ったのだろうか。
一年中で一番日の短い時期でもあり、もう外は暗かった。
乱れた髪をかき混ぜて、深いため息をついた。
「夕食の支度、しなきゃ……」

冷静になって思い出したのは、女の言っていた言葉だった。
ジョンミンの店の鍵が使えるのはあと十数時間。
その間にユノはジョンミンを殺しに行くだろう。
もしかすると今夜が一緒に食卓を囲める最後の晩になるのかもしれない──。
そんなことを淡々と考えてしまう自分は、頭がおかしくなってしまったんじゃないだろうか。
死があまりにも身近にありふれてしまって、感情の一部が切り離されて麻痺しているみたいだった。


台所に行き、冷蔵庫から豚のロース肉を取り出した。
「……トンカツにしよう…」
機械的に卵を割り混ぜ、小麦粉とパン粉のボウルを用意したところで玄関のチャイムが鳴った。
一瞬空耳かと思って耳を澄ませた。

「ジェジュンさぁーん」
子どもの切羽詰まったような声がした。

不思議に思って玄関先に向かうと、日曜礼拝で時々見かける近所の男の子だった。
「どうしたの?」
エプロンで手を拭いながら訊ねると、男の子は息せき切って話し出した。
「ネコが、ネコがっ、虐められてるんだ!」
「え?」
「公園の向こうで、高校生が──」
僕は最後まで聞かずにエプロンを外した。
「そこまで連れて行ってくれる?」
男の子に訊くと大きく頷いた。
「待って」
僕はキャリーの代わりになりそうなバッグを持ち、念のためブーツに護身用のナイフを滑り込ませた。
一瞬、ユノかシム神父に一言断ってから出かけようかと思ったけれど、
男の子が必死な様子で僕の腕を引くし、ユノはまだあの女といるのかも知れない。
シム神父とは顔を合わせづらかった。


公園から少し離れた遊歩道に数人の高校生がたむろしている。
街灯の明りでお揃いの着崩した制服が見えた。
彼らは輪を作って、動かない猫を見下ろしていた。
「何をしてるの!」
大声で言うと一斉にこちらを見た。
僕は猫に駆け寄り、小さな身体を抱き上げた。
さっきまで僕の膝で喉を鳴らしていたネコが、ぐったりと目を閉じている。
「僕の猫に何をしたの!」
一人を睨み付けて言うと、ヘラヘラと笑って仲間の方を見た。
「何って、別になんもしてないです、なぁ?」

僕は取り合うだけ無駄だと悟り、意識のないネコを慎重にバッグに入れた。
一刻も早く動物病院に連れて行った方がいい。
「ちょっと誤解しないでくださいって、俺たちは──」
高校生が僕の肩に手を置いた。
その手を払いのけると、仲間たちが距離を詰めながら言った。
「大体、猫を外飼いしてる方が悪いんじゃないんすか」
僕は連れの男の子に素早く耳打ちした。
「走って逃げて。そして神父様に、車で迎えに来てくれるように伝えてくれる?」
男の子はコクリと頷いた。
「おいって──」
僕は肩に手をかけてきた一人の腕を掴み、背中を沈めると投げ飛ばした。
けれど護身術が役に立ったのはそれだけで、
次の瞬間には四方から押さえつけられて地面に倒れた。
殴られる、と咄嗟に顔を庇おうとしたけれど、
それよりもネコのバッグを手放さないことの方が大事だと胸に抱え込んだ。
「なぁこいつ女じゃねぇの?」
「バカ、そんなわけあるか」
「だってよ、こいつの顔──」

すぐそばに車の停まる音がして、男の怒声が響き渡った。
「おい、このジャリども!」
僕を取り囲んでいた高校生達は、蜘蛛の子を散らすように走り去った。
僕は情けないことに腰が抜けたようになって、よろよろと身を起こした。

「大丈夫ですか?」
「は、はい……」

手を差し伸べられた。

暗い中でまず男の胸元のバッジが目に飛び込んできた。
それはユノと同じ、東方一家のバッジだった。







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コメント

っすはっ

止めてた!息!息止めて読んでました。毎度寿命が縮んでますぜったい。
ジェジュンの思いが苦しくて痛いです。
なーのーにー!!東方一家の誰かに声かけられて連れ去られちゃったりしたら…!!
ジェジュンが危なーい!!
ジェジュン、逃げて…。
お子!!早くシム神父に知らせて!!

2021/03/02 (Tue) 21:35 | ひ~ #- | URL | 編集

いやっ!
凄い動悸がする!!!
助けてくれたのって…
ユノを裏切ってる人では???
ユノ、ジェジュンの前でするのね…
と心がグッタリして。
次に、やはりシム神父はジェジュンを好きなのね…昔からって…と考えてたら、
ジェジュンが襲われる(罠?)のジェットコースター並みの展開に心臓がバクバクしてます。

2021/03/02 (Tue) 22:10 | shuu #- | URL | 編集

え〜ジェジュン〜大丈夫なの?
ユノと同じでも敵?じゃない?
シム牧師早く来て!
もう読みながらハラハラドキドキどうなっちゃうの?

2021/03/02 (Tue) 22:12 | ちこやん #- | URL | 編集

助けてくれた人が気になり過ぎて、序盤のジョンミン妻が吹っ飛びました(´・ω・`)
シム神父かユノ早くー

2021/03/02 (Tue) 23:26 | ナニカ #- | URL | 編集
ちょ、ちょっとーーーww

もう、序盤のユノとジョンミン妻の絡みは吹っ飛ぶくらい焦ったーーー‼︎‼︎
高校生に廻されるかと思いきや、ユノを裏切ったかもしれない東方一家の組員に助けられる?いやいや、ジェジュンと知って連れて行かれるのかな、、
ホントにジェットコースターのように次から次へとハラハラしますねーーw
チャンミン、間に合うのか‼︎‼︎

2021/03/03 (Wed) 00:55 | なありんおんま #- | URL | 編集
シム…神父…

お姉さんの代わりじゃないよね…
そもそも本当にお姉さんが居たかどうか怪しいもんだし(どうも素直に受け入れない私…)
昔っからずっとずっと好きだったんだろうな〜シム神父になる前からね♡
何も無けりゃ〜ずっと胸の奥にしまっておきたかった想いだったのかもね…

ユノて女狐はきっと交わってないよ!!
うん!私の希望的観測かもしれないけど…そう願いたい!!
万が一…万が一そうなったとしてもそれは戦術の一つであってそれには何もないよ
そんなんでもし命が授かるなんて哀し過ぎるよ

2021/03/03 (Wed) 07:19 | ymk #- | URL | 編集
あわわわ!!!!

ハラハラしながら読み進めました…。
ジェジュン…1人で外でたらダメよ…危ないよ…でもチャンミンに会うの気まずいし、ユノは…まだ取り込み中かもしれないし…(┯_┯)ネコ助けに行くしかないよね…はやくチャンミン助けに来てお願いいたします…m(_ _)m
あーもう、ジェジュン大丈夫かな…。心配です。

2021/03/03 (Wed) 10:32 | あ #- | URL | 編集
No title

さすがここの読者の皆さん強者揃い....タフだなぁ!
私はもう女狐がユノに絡んできた時点で突っ伏してしばらく顔上げられず、ショックでどよ~んとしてるのに....
交わってるはずないよね?(ToT)ワンピース抜き取ったのはその中に銃とか隠し持っていないか確認したんだよね?
そんなんで子供できてもあんまりだもん....
私も銃の打ち方習いたいわ!(ユノに)そしたらユノに近づく女を全員撃ち殺します。(重)
外に出ちゃったジェジュン大丈夫かなぁ...チャンミン、ユノ、早くジェジュンちゃんを助けて~!!

2021/03/03 (Wed) 12:54 | Teresa #- | URL | 編集
怒涛の展開!

ジョンミン妻とユノのやり取りが映画のシーン!獣同士の探り合いですね、多分ジェジュンが想像したようにはならなかったと信じたい。そしてシム神父‼︎やらかしてくれた‼︎もう、グルグルになっちゃった所にジェジュンの危機が‼︎ネコとジェジュン、どうなる⁈どうなる‼︎

2021/03/03 (Wed) 14:25 | 天月同心 #KWlombD2 | URL | 編集

シム神父…。虎視眈々さがまた…。

いやーユノと女の絡みをジェジュンと共に私も目に水が溜まるほどショックを受けましたが、それをぶっ飛ばすほどのスピード展開…
ネコ!
東方バッジの男!

なにか読み落としていないか、また1話からリピリピしております^^

2021/03/04 (Thu) 08:03 | 三日月 #hvIICHmQ | URL | 編集

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